・伊波普猷略年譜
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            伊 波 普 猷 略 年 譜

            *略年譜は、金城正篤・高良倉吉著『沖縄学の父 伊波
             普猷』、(清水書院)の巻末年譜、比屋根照夫・外間
             守善編「略年譜」(外間守善編『伊波普猷 人と思想』
             (平凡社)、比屋根照夫「伊波普猷年譜」(同著『近
             代日本と伊波普猷』三一書房)を参考にし編集した。

 1876(明治9)年
   3月15日沖縄県那覇市西村に、父普済(1857〜1910)母マツル 
   ?〜1931)の長男として生まれる。
 1886(明治19)年
   沖縄師範学校附属小学校に母マツルの尽力により入学。
 1891(明治24)年
   沖縄県尋常中学校に入学。同級生に漢那憲和・照屋宏・真境名安興・当間重
   慎らがいた。
 1893(明治26)年
   沖縄県尋常中学校の国語教師として赴任した田島利三郎の影響を受ける。
 1894(明治27)年
   京都・大阪地方への修学旅行に参加し高等教育機関への進学熱高まる。
   英語科廃止問題が起こる。
 1895(明治28)年
   児玉喜八校長排斥運動起こり、漢那憲和・真境名安興とともにそのリーダー
   の一人となる。このため、退学処分にされる。
 1896(明治29)年
   3月、児玉校長の転任により沖縄中学校ストライキ事件終わる。
   8月、同じく退学処分にあった照屋宏・西銘五郎らとともに上京。
 1897(明治30)年
   高等学校受験に失敗。それから数年間苦悶の時代を送る。また、沖縄を内面
   的に発見する。
 1900(明治33)年
   9月、京都の第三高等学校(大学予科)第一部文科に入学。
 1901(明治34)年
   この頃、神経衰弱におちいり精神的放浪を重ね、仏教やキリスト教などに接
   近する。また沖縄への学問的関心にとりつかれはじめる。
 1902(明治35)年
   4月「琉球に於ける三種の民」を発表。
 1903(明治36)年
   三高卒業。東京帝国大学文科大学に入学し言語学を専攻する。
   この頃、田島利三郎採集の「琉球語学材料」を田島より譲り受け、琉球研究
   の手始めとしてオモロの私講義を聴く。
 1904(明治37)年
   夏期休暇中帰省し鳥居竜蔵の沖縄調査を手伝う。
   橋本進吉・小倉進平・金田一京助ら学友たちと新村出の講義を聴講する。
 1906(明治39)年
   東京帝国大学文科大学文学科言語学専修卒業。ただちに沖縄に帰り文献・民
   俗資料の収集に尽力する。
   また紙誌に小論を書き講演を行い啓蒙活動に力を入れる。
 1907(明治40)年
   沖縄教育会主催の講演会で「郷土史に対する卑見」を講演。
 1908(明治41)年
   3月、先島地方に講演と調査のため旅行。
 1909(明治42)年
   5月、日本メソジスト沖縄中央教会にて沖縄語を使用してキリスト教の講演
   を行う。6月、『琉球文基督教教役者必携』伊波普猷編、H・B・シュワル
   ツにより刊行。
   9月、沖縄県立沖縄図書館館長(嘱託)に任命される。
 1910(明治43)年
   この頃、比嘉春潮、図書館にて伊波と知り合う。これ以降、比嘉、図書館に
   しばしば伊波を訪問。
 1911(明治44)年
   沖縄研究資料の収集に努力す。
   3月、小沢博愛堂より『琉球人種論』処女出版。
   4月、京都帝国大学助教授河上肇、沖縄の地割制度調査研究の目的で来沖し、
   伊波と親交を結ぶ。
   7月、小沢博愛堂より『琉球史の趨勢』出版。
   12月、沖縄公論社から『古琉球』出版。
 1913(大正2)年
   この頃、児童の情操教育をはかるために那覇西の自宅を解放して「子供の会」
   を始め、啓蒙的教育を実践。
 1915(大正4)年
   4月、教育講習会講演のため来県中の第七高等学校教授武藤長平を講師に招
   き図書館第一回講習会を開く。
 1916(大正5)年
   3月、当間重慎・真境名安興等とともに新聞人・演劇人を網羅して沖縄演劇
   協会を設立。
   4月、県立図書館にて琉球史料展覧会を開く。
 1917(大正6)年
   6月、比嘉春潮とともにエスペラントの学習サークル「緑星倶楽部」を結成、
   エスペラント研究会を開く。
   12月、沖縄組合教会にて青年学生のための「バイブルクラス」を開始し、
   聖書講義を担当する。
 1919(大正8)年
   「血液と文化の負債」と題する民族衛生講演活動を精力的に展開し始める。
   10月、『沖縄女性史』小沢書店より刊行。
 1921(大正10)年
   1月、柳田国男来沖。親密な交流をもちオモロ研究の大成を促される。『お
   もろさし』校訂に着手、同時に『おもろ選釈』を起稿する。
   7月、折口信夫、沖縄に旅行。この時以後、伊波と終生親交を結ぶ。
   この年、沖縄県立沖縄図書館の館長嘱託から、正式に館長に任命される。
 1922(大正11)年
   3月、『古琉球の政治』爐辺叢書として郷土研究社より刊行。
   4月、『古琉球』第三版刊行。
 1923(大正12)年
   7月、折口信夫再度来沖。親密な交流をもちその学風を敬愛するようになる。
 1924(大正13)年
   12月、『おもろさうし選釈』石塚書店より刊行。
   この年、図書館長を辞任する。
 1925(大正14)年
   2月、長いヒゲを剃り落として上京する。
   夏、袋中に関する史料調査のため京都に旅行。
   オモロ研究に力を入れる。3月〜9月にかけて『校訂おもろさうし』(全三
   冊)、小石川郷土研究社内南島談話会より刊行。
 1926(大正15)年
   7月、『浄土真宗沖縄開教前史』、明治聖徳記念学会より刊行。
   10月、『琉球古今記』刀江書院から刊行。
   同月、『孤島苦の琉球史』春陽堂から刊行。
 1928(昭和3)年
   ハワイ在住沖縄県人会の招きでハワイに旅行し各地で沖縄史の講演をする。
 1929(昭和4)年
   10月、『校註 琉球戯曲集』春陽堂から刊行。
 1932(昭和7)年
   3月、「琉球館訳語」の研究に従事。
   7月、佐々木信綱より、同氏蔵の「琉歌百控乾柔節流」の鑑定を依頼される。
   10月、田島利三郎の死(昭和6年秋)を知る。
 1934(昭和9)年
   3月、島袋源一郎・我那覇朝義に依頼した『おもろさうし』尚家本と仲吉本
   との校合成り、全てが伊波の手許に送付される。
   11月、『南島方言史攷』楽浪書院より刊行。
 1935(昭和10)年
   約半年間、国学院大学でオモロの講義を担当する。日本民俗学会で沖縄の民
   俗調査及び研究の成果を講演する。
 1936(昭和11)年
   2月、還暦を迎え東京と那覇で祝賀会開かれる。
   7月、沖縄日報社から還暦記念論文集『南島論叢』 発刊される。
 1937(昭和12)年
   前年発見された『久米仲里間切旧記』を読み、「火の神考」「君真物の来訪」
   「影薄き国つ神」三論文の改筆をせまられる。
   3月、病気療養のため伊豆の温泉に滞在する。
 1938(昭和13)年
   6月、『琉球戯曲辞典』郷土研究社より刊行。
   8月、『をなり神の島』楽浪書院より発刊。
 1939(昭和14)年
   10月、『日本文化の南漸−をなり神の島続篇』楽浪書院より刊行。
 1942(昭和17)年
   6月、『沖縄考』創元社より刊行。
   10月、『古琉球』改訂初版刊行。
   11月、『をなり神の島』再版刊行。
   この年、伊波普猷・東恩納寛惇・横山重編『琉球史料叢書』名取書店から刊
   行。
 1943(昭和18)年
   京都在の河上肇へ著書『沖縄考』『琉球戯曲辞典』を贈る。
   4月、『古琉球』改訂再版刊行。
   10月、関西旅行の途次、京都の河上を訪ねる。30余年ぶりに邂逅。
 1944(昭和19)年
   1月、『古琉球』改訂三版刊行。
 1945(昭和20)年
   アメリカ軍の東京空襲により蔵書や家財道具の全てを焼かれる。比嘉春潮の
   家に身をよせる。
 1946(昭和21)年
   敗戦後、初代沖縄人連盟の会長になる。
 1947(昭和22)年
   7月『沖縄歴史物語』脱稿。
   8月13日脳溢血のため、比嘉春潮の自宅にて急死。
   11月、『沖縄歴史物語』沖縄青年同盟中央事務局より刊行。
 1948(昭和23)年
   2月、『沖縄歴史物語』マカレ東本願寺(ハワイ)より刊行。
 1955(昭和30)年
   11月、伊波冬子氏(普猷夫人)の意向と仲宗根政善副学長の尽力により、
   「おもろ覚書」の遺稿を除いた全ての資料を琉球大学に移管。琉球大学附属
   図書館内に「伊波普猷文庫」を設置。
 1961(昭和36)年
   1月30日、沖縄タイムス社より『伊波普猷選集』(全三巻)上巻刊行。中
   巻は昭和37年1月20日、下巻は当年4月20日刊行。
 1974(昭和49)年
   4月、平凡社より『伊波普猷全集』(全十一巻)第一巻の刊行が開始され、
   昭和51年10月、第十一巻をもって完結。
 1975(昭和50)年
   11月22日、伊波冬子死去。
 1976(昭和51)年
   生誕百年記念祭の諸行事が催される。
 1992(平成4)年
   故伊波冬子氏(普猷夫人)の遺品石仏が、比嘉美津子氏より琉球大学附属図
   書館に寄贈される。

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