精神神経科学講座


A.研究課題の概要

 1. 神経精神生理学に関する研究
  1) 精神分裂病
 事象関連電位を用いた研究が主であり, これまで各種の精神疾患について検討した。 精神分裂病に事象関連電位のP300成分に異常が存在することは以前から知られていたが, このP300異常の頭皮上の分布が, 分裂病の病型により異なることを明らかにした。 すなわち, 解体型では左右両頭頂・側頭部に異常が認められるが, 妄想型では右側頭部に異常は見出せなかった。 分裂病の経過型のうち持続性の経過を示す者は, 挿性に経過する者に比較してN200振幅が大きいことを見出した。この所見が経過型の trait marker となり得るかについて調べるため follow up study を行っている。
 精神分裂病は, 遺伝的な負因も含めた脆弱性に life event などが係って発症すると考えられているが, 脆弱性因子を探るため, 大学生にMMPIを施行し, 分裂性の得点の高い者に事象関連電位を記録し, P300などの異常を見出した。 したがってこのP300異常は精神分裂病の脆弱性因子になり得ることを報告した。さらに anhedonia についても検討し, 分裂病 high risk 者のより的確な biological marker を見出している。
  2) 躁うつ病
 うつ病にはMMNとN2bの異常が存在することを報告した。うつ病者にみられる本電位の異常をトポグラフィー的に検討した結果, 抑制型のうつ病者では右側頭部でP300振幅が小さいことを見出し報告した。 今後, follow up study を行い, これらの所見が状態依存的なのか, 素質依存的なのかを明らかにしたい。
  3) アルコール依存症, 神経症など
 アルコール依存症の事象関連電位を記録し, 本症ではN100, N200, P300の各振幅が健常者に比較して小さく, P300潜時は延長していることを見出した。 神経症のうち注目されている Panic Disorder についても研究し, その結果を国の内外で報告した。 てんかんの治療のために行われるtemporal lobectomyの前後で事象関連電位を記録し, P300のgenerator に関連して考察し, 国の内外で報告した。
  4) 事象関連電位の健常者における基礎的研究
 事象関連電位の研究を進めるためには, 健常者における性差・年齢・左右差に関する基礎的なデータが必要である。 しかし, P300の潜時は年齢に比例して延長することが明らかとなっているほかは不明である。 そこでこれらについて研究を進めるために, データの集積を行い, 報告してきた。
  5) 簡易型睡眠時無呼吸検出器の試作
 睡眠時無呼吸を検出するにはポリソムノグラフィーが必要であるが, これは, 自宅での記録が出来ないこと, 夜中に記録が検者により monitor されなければならない。そこで, 自宅で, 検者がいなくても記録が可能な検出器を試作し, 報告した。
 2. 精神薬理学に関する研究
 向精神薬療法の開始前から, 開始後できるだけ早い時点で治療効果と有害反応を予測できれば合理的な薬物療法が実施できる。そこでまず抗精神病薬から検討を開始し, bromperidol については一定の成績が得られ発表した。現在は抗精神病薬 mosapramine などについて検討を行っている。 この研究は, 1994年度の日本臨床薬理学会優秀論文賞に選ばれた。
 薬物の反応の中には, 与薬前値, すなわち初期値の大小により反応の方向性が異なることを見出し報告した。 例えば, ドパミン D2 antagonist である sulpiride の300mg は, 事象関連電位のP300振幅の小さな者に対しては振幅の増大, 逆に大きな者には減少をもたらした。このような結果は, sulpiride のほかドパミン agonist の bromocriptine, GABA類似薬 sodium valproate でも見出され報告した。 これらの反応は, 各薬物に特有な作用と考えるより, homeostasis などのより一般的な作用と考えられる。今後, 上記のごとき the law of initial value (Wilder, 1963) に従うと考えられる部分と, 薬物固有の作用を分けて考えられるような方向で薬理学的な研究を行いたい。
 長期間の抗てんかん薬療法によって骨障害が生じ, 骨塩量が低下することをすでに報告した (精神神経学雑誌94: 473-486, 1992)。 その後, 長期間の抗精神病薬療法を受けている精神分裂病について, 新しい骨塩量測定法 (Dual Energy X-ray Absorptiometry, DEXA) を用いて検討中である。
 抗精神病薬療法中の精神分裂病者に薬物によると考えられる角膜・水晶体の混濁が生ずることが知られている。本講座では眼科医と協力してこの混濁の長期間の追跡調査を行っており, 昨年20年間の結果を報告した。さらに継続して研究を実施している。  酵素抗体法によるbromperidolの血中濃度の測定法の確立も共同研究で行っており, 測定方法はほぼ確立された。
 抗精神病薬の治療効果と有害反応の予測については, 最も基本的な抗精神病薬のhaloperidolでの検討を行っており, これによって抗精神病薬のそれぞれの特徴をさらに明確にでき, より合理的な薬物療法の実施が期待できる。さらに合理的な薬物療法のために, 抗精神病薬を中心に単剤での薬物療法の治療効果と有害反応のデータベース化も検討中である。
 精神分裂病における, 難治性の問題では nemonapride の効果の検討を行っており, 慢性化の問題では持効性のデポ剤についても検討中である。
 他の研究グループの研究結果と薬物療法の治療効果・有害反応との関係なども検討予定である。
 3. 定量的MRIを用いた精神疾患の病態研究
 MRIを用いた研究においては, 画像精度, 2次画像処理技術の向上もあり, 各脳部位の組織容積を自動的に計測することが可能となった。 この方法を用いて精神分裂病の脳を調べたところ, 各大脳基底核組織の容積の増加が認められた。 この結果は, Harvard Medical School の1994年Neal Alan Mysell賞の受賞の対象となった。 この領域の研究をHarvard大学医学部との共同研究で進めている。
 4. 社会精神医学に関する研究
  1) 精神分裂病の発症予防
 精神分裂病を親にもったハイリスク児について, これまで児童施設を中心に調査研究を行い, 現在その追跡調査と, 新たにハイリスク乳幼児を対象とした調査研究を始めた。大学生における精神分裂病の早期発見・早期介入を目的とした実践研究も2年前から継続中である。
  2) 精神障害者に対する理解と態度
 これまで精神障害者に対する態度・偏見と文化の問題を沖縄, 大阪とタイの間で比較してきた。 この調査対象にオーストラリアを加え, さらに態度・偏見に対して医学教育の及ぼす影響についても詳細に検討している。 医療関係者を対象にした同様の調査も行っている。
  3) 高齢者に対する精神医学領域の集団検診
 県内の一離島をモデル地区にして平成2年から実践研究を継続してきた。 生理学的検査として脳波, 心理学的検査としてロールシャッハテストや各種評価スケールなどを使用して, 痴呆を含めた精神疾患の早期発見と早期介入を行っている。
 当研究グループでは, それ以外にも司法・犯罪精神医学の研究や, 本県に特有のシャーマニズムに関連した研究, 県内のA町をモデル地域とした学校精神保健のネットワーク構築に関する実践研究などを行っている。
 これらの研究の一環として, 平成8年3月には第16回日本社会精神医学会を当講座で主催するが, 精神疾患に対する偏見と文化の問題や, 精神分裂病の予防についてシンポジウムを組んでおり, 研究の飛躍が期待される。
 5. 精神遺伝学に関する研究
 精神分裂病に関する分子遺伝学研究を行っている。 現在は幻覚・妄想と関連の多いといわれているドパミンD2受容体遺伝子の第7エキソンにおいて, コドン311のSerがCys へ変わるミスセンス変異が見い出されている。 この報告には賛否両論あり, 当グループでは本学遺伝子実験施設において, その解析を行っている。
 精神分裂病の原因遺伝子の座位についてはこれまで多くの研究があるが, 意見の一致をみていない。 最近の報告では第6染色体の短腕が注目されている。 今後それらの解析を含めて研究を進めていく予定である。
 6. 精神病理学に関する研究
 高齢者のうつ病は, 精神的・身体的老化, 脳の器質的要因, 喪失体験等の多くの要因が重なるため, 治療が難しく遷延化しやすい。 そこで遷延化した高齢者のうつ病患者に対する新しい試みとして集団精神療法を実施した。結果として, 精神症状の改善が認められた。 集団の持つ治癒力や自己洞察の効果と, 場の設定の問題や効果の維持のための工夫について考察し, 報告を行った。 今後も集団精神療法の臨床的研究を行っていく予定である。
 また器質性精神障害も, 治療が遷延化しやすく, 症状の改善がなかなか期待できない場合も多い。そこで新しい精神療法の試みとして, 身体に対する自己制御の回復を促進させ精神機能の回復を図る自己コントロール法の一つである動作法の適用を検討した。 結果として, 身体に対する自己制御の回復に従って, 精神機能に改善が認められ, 動作法の効果と問題点について報告を行った。 今後も身体に対する自己制御の回復と精神機能の活性化の関係について研究を行う。
 さらに渡嘉敷村の高齢者に対して, 住民検診の一環としてロールシャッハテストを実施し, 人格特徴を調査した。離島という地域的および文化的特質が精神的老化に大きな影響を与えている事が明確になった。 精神病理学および比較文化精神医学的な考察を加えた (精神医学 印刷中) 。
B.研究業績
 1. 原著
G9501: Ogura C, Nakamoto H, Uema T, Yamamoto K, Yonemori T, Yoshimura T, COSEPO group (1995) Prevalence rate of senile dementia in Okinawa, Japan. Int J Epidemiol 24 373-380.
G9502: Wible CG, Shenton ME, Hokama H, Kikinis R, Jolesz FA, Metcalf D, McCarley RW (1995) Prefrontal cortex and schizophrenia. A quantitative magnetic resonance imaging study. Arc Gen Psychiatry 52 279-288.
G9503: Nishimura N, Ogura C, Ohta I (1995) Effects of the dopamine-related drug bromocriptine on event-related potentials and its relation to the law of initial value. Psychiatry Clin Neurosci 49 79-86.
G9504: Hirayasu Y, Ohta H, Fukao K, Ogura C, Mukawa J (1995) Transient P300 abnormality of event-related potentials following unilateral temporal lobectomy. Psychiatry Clin Neurosci 49 223-226.
G9505: Hokama H, Shenton ME, Nestor PG, Kikinis R, Levitt J, Metcalf D, Wible CG, O'Donnell BF, Jolesz FA, et al (1995) Caudate, putamen, and globus pallidus volume in schizophrenia: A quantitative MRI study. Psychiatry Res Neuroimaging 61 209-229.
G9506: 山村博, 渡嘉敷いづみ, 福治康秀, 平安明, 古謝淳, 仲本晴男, 小椋力 (1995) 琉球大学精神神経科の新来患者 (1984年〜1992年) の推移. 九州神精医 41 181-186.
G9507: 尾崎紀之, 領家和男, 岡本和己, 高橋啓介, 圓道優子, 吉野三也, 浜田驍, 小椋力 (1995) 長期入院精神疾患患者のう蝕を中心とした口腔所見の検討. 米子医誌 46 10-15.
G9508: 長田正夫, 玉井嗣彦, 中尾寛, 三木統夫, 浜本順次, 国頭七重, 石原涼子, 瀬戸川章, 西村慶子, 他5名 (1995) 長期向精神薬療法中の精神神経疾患患者の眼異常所見 -20年後の追跡調査-. 米子医誌 46 165-172.
G9509: 長田正夫, 玉井嗣彦, 中尾寛, 三木統夫, 浜本順次, 国頭七重, 石原涼子, 瀬戸川章, 西村慶子, 他5名 (1995) 向精神薬療法中の精神神経疾患患者に見られた眼所見の20年後の追跡調査結果. 臨眼 49 871-876.
 2. 総説
S9501: Yamamoto K (1995) Psychiatry and psychiatric services in Japan. Austrarian Psychiatry 3 21-23.
S9502: 小椋力, 宮里好一 (1995) アルコール依存の事象関連電位. アルコール依存 (精神医学レビュー No.16) 90-92.
S9503: 小椋力 (1995) 抗精神病薬の長期使用による副作用. 九州神精医 41 17-22.
S9504: 小椋力, 大田郁也 (1995) 抗精神病薬に対する反応性. 九州神精医 17 833-841.
S9505: 小椋力 (1995) 事象関連電位トポグラフィーとMRIからみたアルコール依存症の認知障害. 日ア精医誌 2 37-41.
S9506: 深尾晃三, 小椋力 (1995) 仮説再考 「循環気質」について. 脳と精の医 6 101-104.
S9507: 深尾晃三, 小椋力 (1995) 「執着気質」について. 脳と精の医 6 105-108.
S9508: 小椋力 (1995) 向精神薬の副作用. 薬理と治療 23 36-40.
S9509: 小椋力, 大田郁也 (1995) 薬物使用による睡眠障害. 臨精医 24 925-929.
S9510: 小椋力 (1995) 世界の長寿地域, 沖縄県における高い痴呆有病率. 老年精医誌 6 668-669.
 3. 著書
T9501: Ogura C, Nageishi Y, Omura F (1995) Reduced mismatch negativity and hyperactivation of N2b in depression. Perspectives of Event-Related Potentials Research 44 218-223.
T9502: 小椋力, 深尾晃三 (1995) 躁うつ病 (双極性うつ病) 治療. 高橋三郎監修, 「向精神薬の上手な使い方Q&A」, メディカルレビュー社, 東京, 43-47.
 4. 報告
H9501: Hirayasu Y, Ohta H, Fukao K, Uema T, Ogura C (1995) A follow up study concerning P300 abnormality in event-related potentials in 3 cases after the anterior temporal lobectomy: Relation to P300 generator. Abstracts of 1st European Congress of Psychophysiology 50.
H9502: O'Donnell BF, Ohta H, McCarley RW, Wible CG, Kikinis R, Shenton ME (1995) MRI correlates of the auditory P3A and P3B event-related potential components in schizophrenia. American Psychiatric Association 148th Annual Meeting, New Research Program 113.
H9503: Ohta H, O'Donnell BF, McCarley RW, Hokama H, Wible CG, Shenton ME, Law SE, Karapelou ME, Nestor PG, et al (1995) An ERP study of the auditory P3A and P3B components in schizophrenia. Biol Psychiatry 37 631.
H9504: Ogura C (1995) Cognitive evoked potentials in psychiatric disorders. Electroenceph. Clin. Neurophysiol. 97 S48.
H9505: 波平智雄, 外間宏人, 大田郁也, 小椋力 (1995) 右前頭葉腫瘍摘出後に長期間の寡黙・減動状態を呈した1例. 九州神精医 41 188.
H9506: 玉城国哉, 波平智雄, 外間宏人, 山本和儀, 小椋力 (1995) ヒルトニン療法により臨床症状及び事象関連電位の改善をみた両側性視床梗塞の1例. 九州神精医 41 188.
H9507: 渡嘉敷佳子, 波平智雄, 玉城国哉, 福治康秀, 山村博, 新垣元, 松尾和彦, 兼島瑞枝, 外間宏人, 他4名 (1995) 琉大附属病院精神神経科新来統計. 九州神精医 41 189.
H9508: 福治康秀, 渡嘉敷いづみ, 池田敏郎, 深尾晃三 (1995) 遷延化した老年期うつ病患者に対する集団精神療法の試み. 九州神精医 41 192.
H9509: 松尾和彦, 小椋力, 上間武, 平安良雄, 深尾晃三, 外間宏人, 新垣元, 大田裕一, 古謝淳, 他4名 (1995) 事象関連電位の波形分類の評価における評価者内と評価者間のvariability. 脳波と筋電図 23 97-98.
H9510: 安里尚彦, 小椋力, 上間武, 平安良雄, 深尾晃三, 外間宏人, 新垣元, 大田裕一, 古謝淳, 他3名 (1995) 事象関連電位の波形分類に及ぼす記録条件の影響 (). 脳波と筋電図 23 98.
H9511: 平安良雄, 宮里好一, 小椋力, 上間武, 深尾晃三, 外間宏人, 新垣元, 大田裕一, 古謝淳, 他5名 (1995) 事象関連電位の波形分類からみた精神分裂病とアルコール依存症におけるP300異常. 脳波と筋電図 23 101.
 5. その他
M9501: 小椋力 (1995) 世界における長寿地域, 沖縄県における高い痴呆有病率. Medical Tribune 28 18-19.
M9502: 小椋力 (1995) 第11回国際事象関連電位会議を開催して. なかゆくい 97 40-41.
M9503: 小椋力 (1995) 書評 「精神科治療ガイドブック懸田克躬監修, 金原出版1991」. 精神科医のための160冊 (改訂版) 162.
M9504: 小椋力 (1995) 脳科学の研究最前線. 琉球新報 (朝刊) 6.29号.
M9505: 小椋力, 山村博, 長崎文江, Piyarat Nuchpongsai, 兼島瑞枝, 深尾晃三, Maxine Randall, 山本和儀, 仲本晴男, 他1名 (1995) 児童相談所に来所相談のあった児童のうち親が精神分裂病であった児童の5〜10年後の予後調査 -精神分裂病に対する予防的介入をめざして-. 財団法人安田生命社会事業団研究助成論文集 30 68-74.